「昨日の試合から1エンド目の立ち上がりが少し良くなくて……。昨日はすぐ盛り返せたんですけど、今日は相手が強かったという要素もあって。最初に2点スチールされなければ、もうちょっといい展開で中盤の場面を迎えられたのかなと思います」
※スチール:カーリングにおいて不利とされる先攻チームが得点を取ること。

8月1日から4日間にわたって開催された『どうぎんカーリングクラシック』の大会2日目。予選リーグ2試合目で、チームMei(中国)に敗れた富士急のスキップ小穴桃里は、立ち上がりの拙さを敗因に挙げた。

最終的なスコアは2-9。その結果だけを切り取れば完敗に見えるが、第6エンドを終えた時点では2-4。試合中盤のエンドは一進一退の攻防が続いたし、相手のミスショットが偶然の変化に助けられる不運もあった。ただ、1エンド目についた2点差が終盤まで縮まらなかった。

カーリングでは、不利な先攻エンドは相手に1点取らせて、有利な後攻エンドで2点取るのがセオリーといわれる。ただ、残りエンドの少なくなった終盤にリードを許していれば、そうはいかない。仮にセオリー通りに試合を運べたとしても、2エンドを費やして縮まる点差は1点のみ。となれば、連続スチールや大量得点を狙いにいかなければならず、ショット選択に無理が生じる。ミスの少ない強豪相手になればなるほど、序盤のビハインドは致命傷になりかねないのだ。

先を見据えてチームの土台作りに重点を置いた昨シーズン

現在、日本の女子カーリング界は「4強」と呼ばれている。平昌五輪日本代表のロコ・ソラーレ。今年の日本選手権覇者で世界選手権代表の中部電力。ソチ五輪代表の北海道銀行フォルティウス(以下北海道銀行と略)。そこに富士急を加えた4チームだ。

富士急が4強の仲間入りを果たしたのは、2018年の日本選手権。平昌五輪日本代表のロコ・ソラーレは不参加だったものの、富士急はロコ・ソラーレと平昌五輪日本代表決定戦を戦った中部電力に準決勝で勝利すると、決勝では北海道銀行に競り勝ってチーム初優勝。同時にチームは日本代表として世界選手権に出場する貴重な経験を積んだ。

日本選手権覇者として迎えた昨シーズン、富士急は土台作りにチームの重点を置いた。目の前の結果よりも、今を2022年のために。昨年の軽井沢国際カーリング大会で小穴桃里が話してくれた言葉からは、その決意が滲んだ。

「今は本当に基礎のことを多くやっています。見ているとすごいつまんないなあと思うような地味な練習を(笑)。1つひとつ自分たちのできることを丁寧に積み重ねていくことが、今シーズンの結果もそうですし、来シーズンとか、その先の五輪にもつながってくると思うので。少し時間がかかってもやっていこうと」

迎えた今年2月の日本選手権。結果だけ見れば富士急は4位だが、予選リーグでの4強との成績は全てが1点差ゲームで、北海道銀行には勝利。そして、4強以外のチームには全くのスキを見せずに勝利している。格下のチームに取りこぼしや苦戦するイメージの強かった以前の富士急を考えれば、土台作りの成果は決して小さくはない。

チーム体制の変化と向き合いながら戦う今シーズン

チームMei(中国)戦で敗因に挙げた立ち上がりの拙さ。それは、予選リーグ突破をかけた翌日の2試合でも修正することができなかった。中部電力戦は第2エンドに3点スチール、チームFleury(カナダ)戦は第1エンドにやはり3点スチールを許したことが響き敗戦。予選リーグ敗退が決まってしまった。

2日連続で続いてしまった立ち上がりの失敗。その要因はどこにあるのだろうか?

「手探り状態の中で急に変えたところもあって、色々チャレンジをしてみたが、練習してきたことがうまいことつながらなかった。特に1エンド目に合わせていたはずなのに、噛み合わないというのが多かったと思う」

セカンドの石垣真央が話す「手探り状態の中で急に変えたところ」とは、チーム体制の変化だ。

どうぎんカーリングクラシックの直前となる7月、富士急は西室淳子とその夫でもある西室雄二コーチがチームから離脱。2010年チーム発足時からのメンバーだった経験豊富なベテランの離脱によって、富士急は新たなチーム作りに着手している。ポジションで言えば、西室淳子が務めていたサードは今まで主にセカンドだった小谷優奈が、バイススキップはリードの小谷有理沙がそれぞれ担うことになった。そして、スイープ面に関しては、単純なスイープ力の強化はもちろん、ウエイトジャッジの正確性や、その情報を瞬時にチーム全体で共有できるような適切かつ細やかなコミュニケーションを作り上げている最中だ。今大会は、ポジションや役割の変化にいち早く適応できるように、試合中に4人で相談する機会を意識的に増やした。
※バイススキップ:スキップの補佐役。スキップが投げる時はスキップに代わってラインコールを務める
※ウエイトジャッジ:アイスの滑り具合と投げられたストーンの速さから、どの辺りでストーンが止まるのかを判断すること

「今まではコーチもいてフィフスもいて6人で練習してました、というのが4人でという体制になった。変わったところをうまく自分達で補えていないなという所があります」(小穴)

また、試合以外においても、スケジュールや練習方法、体調のケアといったすべての部分を4人でこなさなくてはならない負担は、想像以上に大きい。しばらくは、チーム体制の変化と向き合いながらの戦いが続きそうだ。

それでも富士急は前を向く

少し意地悪な言い方をすれば、現在の4強は必ずしも横一線とは言えない。今年の日本選手権で優勝し世界選手権で4位まで勝ち進んだ中部電力や、ワールドカーリングツアーのランキングで日本女子最上位の9位に位置するロコ・ソラーレは、やや抜け出た印象がある(ちなみに中部電力のワールドカーリングツアーのランキングは16位)。2チームを追う北海道銀行と富士急は、日本選手権の直接対決では1勝1敗(決勝トーナメントでは北海道銀行が勝利)だったものの、ワールドカーリングツアーのランキングに関しては北海道銀行の11位に対して、富士急は45位と開きがある。
※ワールドカーリングツアーのランキングは、どうぎんカーリングクラシック開催前の順位

「皆さんが4強と呼んでくださっているけど、その中で下がることは理解しているし実感しています。世界での経験であったり、世界で勝っていくというところで見ると、日本選手権の結果以上に実力の差があると思っています。」(小穴)

富士急が他の3チームに比べて水を開けられていることは、他の誰よりも戦っている彼女達自身が一番感じている。そして、今シーズンからは五輪代表選考レースが始まる。他の4強チームとの差を埋めるために、富士急が今もっとも重要視しているのが、大きな大会の経験だ。

「短期的な目標では、まずはワールドカーリングツアーのランキングを上げたい。そのためにも1つひとつの大会を大事にしていきたいと思っています。そして、グランドスラムの大会に出場したり、他のツアー大会でもプレーオフに進出できるようにしたい。いつでもプレーオフに進出できるような地力というか、普段から発揮できる強さを身に着けていかなきゃいけないなという風には感じています。」(小穴)

ワールドカーリングツアーの大会には格付けがある。その中でも、「グランドスラム」と呼ばれる大会は、ランキング上位のチームから優先的に出場権が与えられるメジャー大会だ。富士急は、今大会から一週間後、今シーズンからワールドカーリングツアーに組み込まれたアドヴィックスカップ(北海道北見市)に出場。その後は、海外のツアーを転戦し武者修行を積みながらツアーランキングを上げ、グランドスラム大会の出場を目指す。

チーム体制の変化にまだ対応できていない部分もある。焦りもないと言えば嘘になる。
それでも富士急は前を向く。小穴桃里は一通り話した後、最後に一言付け加えた。

「ただ、あくまでも目標は北京五輪です」

北京五輪を見据える気持ちにブレはない。

苦難を乗り越えたチームは強い。それは過去の多くのスポーツシーンが証明してくれている。思い起こせば、チームが初優勝した2018年の日本選手権は、妊娠中の西室淳子を欠いたなかでの快挙だった。

今はまだシーズン序盤。そして、北京五輪へ向けた戦いもまた始まったばかりだ。

(「ようこそ カーリングの世界へ」土手克幸 )