今回ご紹介するのは関西独立リーグの半券。以前、本稿にて「ナックル姫」こと吉田えりが登板したリーグ開幕戦の半券を紹介したが、その翌日、2009年3月28日に紀三井寺球場で行われた紀州レンジャーズ対明石レッドソルジャーズ。両チームにとって記念すべきリーグ初戦のものだ。

ナックル姫の登板に1万人超が集まった、関西独立リーグ開幕戦

球場で試合開始前に購入した当日券。ホームの紀州レンジャーズと対戦相手の他3チームのロゴがあしらわれているが、対戦カードや座席の種別、金額などは記されておらず、日付印が押されるわけでもない。紀州の前期ホームゲーム日程全て記載されており、この1種類のチケットで前期のホームゲーム全て賄う汎用券ということなのだろう。運営費が限られた独立リーグらしい。とはいえ前日に大阪ドームで行われた大阪ゴールドビリケーンズ対神戸9クルーズの開幕戦のチケットは味気ないプリント印字だっただけに、シンプルだがソツのないデザインチケットは”コレクター”としてはうれしい限りだ。

紀三井寺球場はこの日が初訪問だったがJRの紀三井寺駅から国道42号線の西端を歩けど歩けど球場につかない。30分以上歩き不安になりだした頃に広場のようなものが見えてきて、陸上競技場などの備わったスポーツ施設の一角に球場があった。両翼98m、中堅120m、収容人数15000人、照明設備も備わった和歌山県を代表する球場なのだが、内野席は座席がなく石段のみ。入場者にはサウナで使うような尻敷きが配られた。

2009年3月28日 紀三井寺球場 
明石 011101300…7
紀州 301000002…6
[明] 百合、 山下、 前田 – 米田
[紀] 宇高、 吉川、 ロバート、 新田 – 杉野、 呉
▽本塁打 田中(明)

紀州は1979年箕島春夏連覇、史上屈指の好ゲームといわれる星稜との延長18回を戦ったエース木村竹志(石井毅)が野球を通した地域活性化を目指して創設したチームで、地元出身の元阪神・藤田平が監督を務めていた。明石も当時の明石市長が野球による地域振興を掲げてリーグに参入したチームで元近鉄・北川公一が監督を務めていた。

前日にセンバツと「ナックル姫」登板の見て、そのついでに見に行ったこともあり試合内容はほとんど覚えていないのだが、調べてみると栄えある両チームのリーグ初戦にふさわしくなかなか良いゲームだった。

元西武でメジャーにも挑戦した前田勝宏が明石の3番手として投げているが、これは覚えている。堂々たる体格でフォームの力感はあったがあまりスピードは出ていなかった。あとは紀州の三塁コーチャーに河埜敬和が立っていたのも記憶にある。

観衆は1240人だったがご当地キャラクター「紀ノ國戦隊紀州レンジャー」と地域の子どもたちによるセレモニーなども行われ、試合終了後には選手が出口に並び観客一人一人と触れ合い写真を撮ったり握手をしたり(私も藤田平にサインをもらった!)「おらがチーム」と新たな独立リーグへの期待と高揚感を感じることができた。

しかし関西独立リーグはこの試合の僅か2か月後にリーグ運営会社が資金難を理由に手を引き、紀州の代表である木村がリーグの運営の中心を担うことになった。その後も経営の行き詰まりは改善されず、リーグ運営をめぐるチーム間の対立もたびたび起こり、明石は2010年をもってリーグ脱退、11年に解散。リーグ運営の中心を担っていた紀州も13年にリーグを脱退し、17年にクラブとしての活動を停止した。関西独立リーグ自体も13年に消滅。現在の関西独立リーグは別組織になる。

かつての甲子園のスターが地元で野球を通し地域活性化を目指す。ワクワクするプロジェクトだっただけに、紀州レンジャーズのチーム運営が軌道にのらなかったのは実に残念。僅か10年前のことながら、券面に記されたチームもリーグもなくなり、歴史を語る半券になってしまった。

(『プロ野球半券ノスタルジア』石川哲也)