選手がカウンセリングなど心理面でサポートを求める理由は、さまざまです。緊張する、集中できないといった「情緒問題」のほかに「怪我」「意欲低下」「競技の継続・引退」「人間関係」「動作失調」「食事・睡眠」「性格・気分」といった内容が主な選手の訴えとして挙げられています。

これらは、選手が競技人生で起こる悩みを代表するものとなります。しかしながらこの悩みは、今までに紹介してきたような内容のもので必ずしも解決することができません。メンタルトレーニングでも対処は難しく、選手個々に心理面でサポートする内容となるでしょう。

スポーツ心理学では、競技力を向上させるための内容だけではなく、臨床心理的な内容も扱われています。そこで、上記に関する心理的な悩みの中から「怪我」と「バーンアウト(燃え尽き現象)」、「引退」についてピックアップして説明しようと思います。まず今回は「怪我」についてです。

スポーツ選手にとって怪我はつきもので、いつプレーが怪我につながるか分からない状況にあります。スポーツによって受傷してしまうと、競技に対して不安や焦り、意欲の低下、自信の喪失など、メンタルにも影響が出てきます。「怪我は心も傷つける」と言われるのも納得できるでしょう。そのために、怪我と同時に心理面でも回復できるよう周囲のサポートがあればより良いでしょう。

選手が受傷した後は、怪我に対する「怒り」→怪我という現実を避けようとあれこれ「取り引き」の思考を巡らせる→気分が落ち込む「抑うつ」→怪我を受け入れる「受容」という過程があることが検証されています。

怪我を「受容」できるようになることにより、リハビリやトレーニングに対して積極的に向き合えるようになります。怪我を認識し、克服するために対処しようと前向きな心理状態へと変容できているためです。この「受容」が見られる特徴として、以下の4つの状態が挙げられます。

・気持ちの冷静さを取り戻す「情緒的安定性」
・解決されるまでの時間的な見通しが得られる「時間的展望」
・対人関係の疎通性がはかられる「所属運動部(チーム)における一体感」
・思考の執着から離れ、新たな対処方法が明確になる「脱執着的対処」

「抑うつ」の状態までは個々へのサポートを行うことになりますが、上記のような兆候が見られれば、選手は怪我を受け入れられるようになったと言えるでしょう。周囲、または選手自身が怪我を受容できるようになったと分かれば、回復に向けてリハビリ、そしてメンタルトレーニングにも取り組むことができます。また、後の技術習得について紹介する、ビデオを用いるような「知覚トレーニング」であれば練習時間を有効に使えます。

例えば野球で死球を受け、怪我で練習や試合に出られなくなったとします。しかし身体が回復するまでに投手のモーションを研究する知覚トレーニングを行えば、それがきっかけで自分の足を生かした盗塁のコツを習得することができるかもしれません。

怪我を無駄な経験にするのではなく、メンタルの強化や技術の習得を図る好機と捉えて前を向いてもらいたいと思います。

※『note』より加筆・修正。

(「パフォーマンスを上げるためのスポーツ心理学」松山林太郎 )