現在、カーリングのパシフィックアジアカーリング選手権(以下PACC)が中国の深圳で開催されている。以前のコラム『2022年北京五輪をかけた戦いがスタート!  カーリングの今季スケジュールを解説する』でも紹介した通り、PACCの最大の目的は、来年3月に開催される世界選手権の出場権獲得だ。

2022年北京五輪をかけた戦いがスタート! カーリングの今季スケジュールを解説する

この原稿を書いている時点で、男子は予選4試合を終えて3勝1敗。女子は3試合を終えて2勝1敗。男子は韓国に敗れ、女子は韓国、中国との対戦を終えて1勝1敗。世界選手権出場枠をめぐる日中韓の戦いは熾烈を極めそうだ。とはいえ、大会序盤の直接対決で一喜一憂するのはまだ早い。勝負所となるのは、3か国がもう一度相見える準決勝以降。そこまでに試合会場のアイスにアジャストし、チームのコンディションを上げていけるかがキーとなりそうだ。

実のところ、今回のコラムではPACCのテレビ放送に合わせて、カーリングの2点パターンをめぐる攻防について紹介しようと考えていた。2点パターンとは、後攻が2点を取れる石の配置のこと。前回コラムでも述べた通り、「先攻時は相手に1点を取らせて、後攻時に2点以上を取る」のがカーリングの定石だ。どうやって2点パターンが作られるのか? どうやって先攻は2点パターンを崩そうとし、後攻は確保しようとするのか? その基本的な展開を紹介しようと思っていた。

初心者が抑えておくべき観戦ポイント エンドにおけるチームの狙いを知ろう! 

しかし、この1か月の間で僕の考えは変わった。それは果たしてカーリングをこれから観ようとする人たちが望んでいることなのだろうか? むしろ、するべきではない行為ではないだろうか、と。

11月2日、初のアジア開催となったラグビー・ワールドカップ日本大会が終了した。小学生の頃からラグビーのテレビ中継を見ていた僕にとって、夢のような1か月間だった。嬉しかったことは、大きく分けて3つある。1つは、史上初のベスト8に進出した日本代表の活躍。「ブライトンの奇跡」を起こした前回大会の成績こそ3勝1敗だが、それまでの日本代表のワールドカップでの成績は、1勝21敗2分。 〝ワールドカップで負けるのが当たり前〟の存在だった日本代表の快挙は、当の選手たちだけでなく日本ラグビーに関わる方々の並々ならぬ想いと努力の賜物であり、手放しで賞賛したい。

2つ目は、ファンの視点として普段観ることができないようなビッグマッチを多く観ることができたこと。オールブラックス(ニュージーランド代表の名称)やイングランド、南アフリカ、フランス、オーストラリア、アイルランド……。強豪国の試合を何試合も観ることができる機会は、ラグビーではそうそうない。サッカーワールドカップで日本戦以外の試合も楽しみに観るようなサッカーファンの方々なら、ラグビーファンの喜びも想像がつくだろう。

そして3つ目は、多くの人がラグビーというスポーツの醍醐味を味わえたこと。今大会の期間中、 〝にわかファン〟の存在が話題になった。僕の周りにも多くいた。大会が始まるまでは、ラグビーのルールもイマイチわからない。選手の名前も知らない。どの国が強いのかも知らない。そんな人たちのことを主に指している。

「〝にわか〟のくせに」と揶揄する言い回しがあるように、〝にわか〟という言葉はどちらかというとネガティブな表現に使われがちだ。だけども、ラグビーに限らずどのスポーツのファンであろうと、初めて興味を抱いてファンの入り口に立った時は、誰もが〝にわか〟だ。最初から完璧な知識を携えてやってくるファンなどいない。今回のラグビーワールドカップは、そのことを再認識させ、〝にわか〟をポジティブワードに変えた出来事とも言える。

ラグビーのルールに関して言えば、ノックオン(前にボールを落としてしまうこと)、スローフォワード(前方の味方にパスをしてしまうこと)、ノットリリースザボール(倒れた後もボールを離さないこと)といった初歩的な反則は比較的わかりやすい。しかし、大勢の選手が密集する中での反則は、ラグビーを知っている人でもわかりづらいものが多い。観戦初心者が理解するのはほぼ不可能と言っていい程のハードルの高さだ。

それでも、〝にわかファン〟はラグビーというスポーツを楽しむことができた。「ふんわりと何となく」ではあっても、ラグビーを面白いと感じた。たとえ、それが日本代表の快進撃や日本開催からくるお祭りムードといったファクターに支えられていたものだとしても。

そして思った。もし、彼らがラグビーの醍醐味に触れる前に、必要以上の知識を強要されていたら、〝にわかファン〟になる機会すら奪ってしまうのではないかと。

もちろん、もっとルールが分かればスポーツはより面白くなるだろう。だからといって、ルールが分からなければ面白くないというほど、スポーツの器量は狭いものでもない。スポーツの醍醐味はルールとは別のところに用意されている。大男たちが恐れることなくぶつかり合う迫力。不規則にバウンドする楕円球の行方。そして、1つのトライに向かうまでの「つなぐ」というドラマ。そこには味方の為に体を張るFWの献身があり、タックルを受けながらパスを出す犠牲があり、皆がつないだボールをトライに結び付けんとするフィニッシャーの決意がある。それらは、たとえ詳しいルールが分からなくても味わえるラグビーの醍醐味に他ならない。

ワールドカップで盛り上がろうとしている雰囲気に何となく身を投じてみようと思った。最初はイケメン探しだった。オールブラックスが試合前に行うハカが面白そうだった。元々のきっかけが何であろうと、ラグビーの醍醐味に出会えた〝にわかファン〟は、自らラグビーのルールをよりわかろうとし、各国の世界ランキングを調べ、日本代表のヒストリーを知ろうとするだろう。だけども、そういう知的好奇心が芽生える前に身構えてしまうようなルールや戦術を積極的に提供することは、気ままで純粋な心を萎えさせてしまう。手荷物1つで旅に出ようとした旅人に、重いトランクを押し付けてしまうように。

カーリングに関しても、同じことが言えるような気がした。

必要最低限の知識ならいい。でも、それ以上のルールや戦術は、観戦する人々の知的好奇心に任せるべきだと。手を掴んで引っ張り込むのではなく、そっと手を差し伸べるだけにしておくべきなのだと。

最後に、PACCのテレビ放送予定を紹介しておこう。

■11月6日(水)
19:00~20:54 女子予選「日本vs香港」、大会ハイライト(BS日テレ)
■11月7日(木)
15:00~18:00 男子予選「日本vs中国」(CS日テレジータス)
19:00~22:00 女子準決勝(BS日テレ)
■11月8日(金)
15:00~18:00 男子準決勝(CS日テレジータス)
■11月9日(土)
09:00~12:00 女子3位決定戦(CS日テレジータス)
12:00~15:00 女子決勝(BS日テレ)
16:00~19:00 男子決勝(CS日テレジータス)

どうか、肩肘張らずに石の行方を楽しんでほしい。選手たちの懸命な姿を見てほしい。そして、必要最低限のことが知りたければ、過去のコラムで紹介した基礎知識や観戦のポイントを活用していただければ幸いだ。心配はご無用。ポケットに入る旅のメモ帳程度の軽い荷物だ。

(「ようこそ カーリングの世界へ」土手克幸 )