8月に札幌で開催されたどうぎんカーリングクラシック、北見で開催されたアドヴィックスカップを終え、国内のメジャーな大会は少しお休みになる。現在、国内トップチームの多くは海外ツアー大会に遠征中だが、カーリングに興味を持ち始めたばかりの方々は、ひとまず一段落といったところではないだろうか。今まで触れてこなかったスポーツを全速力で追いかけるのは、相当な労力を要するもの。個人的には、主要な大会を見ながらゆっくりとカーリングの奥深い世界に入り込んでいただければ充分だと思っている。恐らく次にテレビ放映されるのは、11月初旬に中国の深圳(シンセン)で開催されるパシフィックアジアカーリング選手権。そして12月下旬に軽井沢で開催される軽井沢国際カーリング選手権になるだろう。

そこで、今回はテレビ放映までの予習の意味も込めて、以前にもコラムで紹介したカーリングの基礎知識をお届けしようと思う。第1回目では基本的なカーリングの流れと得点の数え方を、第2回目では基本的なショットとフリーガードゾーンルールについて紹介した。第3回目となる今回は、氷を読み取る“アイスリーディング”についてだ。

流れがよく分からない? 得点の数え方って? カーリングの疑問を解決! 基礎知識初級編①

テレビ観戦を楽しもう! カーリングの基礎知識初級編②

カーリングの氷の状況は刻々と変わる

『氷上のチェス』とも呼ばれる戦略性の高いカーリングだが、チェスの駒を手でポンと置くのとはわけが違う。日本人にもなじみのある将棋で置き換えてみよう。カーリングで狙い通りの位置に石を置くことは、氷でできた将棋盤の手前から駒を滑らせて自分の打ちたい場所に止める行為に等しい。いくら、何手も先を読む素晴らしい戦略があったとしても、氷の将棋盤に対応できなければその戦略自体が成立しなくなる。

カーリングのフィールドとなる氷のシートは、生き物のように表情を変える。試合で使うシートによって特徴や癖があるのはもちろん、同じシートでも試合の時間帯によって異なるし、同じ時間帯でも昨日と今日では違う顔を見せることもある。
そして、試合中にも氷の状況は刻々と変わる。観客の熱気によって会場の温度が上がれば、氷の表面は少しずつ溶け出す。氷の状態を保つために運営側が会場の空調温度を下げたり、シートの床を冷やせば、今度は溶け出した氷が固まりはじめる。また、試合で何度も使ったラインとあまり使っていないラインでは、石の滑り方も曲がり方も全然違う。下の写真をみていただきたい。よく使われている中央付近の氷に対し、両端に近い部分は霜がついて白く見えているのがわかるだろう。

高いコミュニケーション能力が緻密で正確なアイスリーディングを可能にする

氷の状況がしっかり読めていない状況で、繊細なショットを選択すれば自ずと成功率も低くなる。戦術や投げる技術に加えて、いち早く氷の状態を読み取る「アイスリーディング」は勝利への必須条件だ。ただ、カーリングに興味を持ち始めた方には、アイスリーディングの能力を判断するのは少々分かりづらいかもしれない。そこで、注目すべきポイントを2つほど紹介しておこう。

1つは、氷の緻密なデータの収集とアップデートを可能にするコミュニケーション力だ。カーリングの試合で選手が「14.3」「15.1」などという数字をメンバーに伝えている場面をテレビで見たことはないだろうか。これは投げた石がフォグライン間(投げた石を離さなければいけないラインからハウス前方にある投げた石が有効となるラインの間)を何秒で通過したのかを示す数字。選手は携帯しているストップウオッチでその秒数を計測しデータの収集を行うことで、アイスリーディングを深めている。ただ、これはどのチームもやっていることだ。

アイスリーディングの上手いチームは、そのデータ収集をより活かすコミュニケーション能力が高く緊密だ。単純に投げた石の進む長さや曲がり具合だけではなく、どの辺りから石の進みが重くなりだすのか? どの辺りから曲がりが大きくなるのか? という細部を突き詰める作業。ミスになったショットが投げ手のミスなのか、氷の読み違えなのかの確認も瞬時に怠らない。そして、試合中に氷の状況が変化したことによるデータのアップデートも迅速だ。メンバー間で異なった氷の感覚のズレさえ見逃さない。コミュニケーションを切らすことなく集めたデータを多角度から精査して、より緻密で正確なデータに昇華させていくのだ。

石が止まる位置を瞬時に見極めるスイーパーのウエイトジャッジ能力

もう1つ注目して欲しいのが、スイーパーのウエイトジャッジ能力だ。ウエイトジャッジとは、投げられた石がどこで止まるかを判断すること。先に述べた、ストップウオッチによる計測は、ハウス前にあるフォグラインを通過して初めて出る数字であり、ショットを終えた後に確認するもの。それに対して、スイーパーのウエイトジャッジは、石が投げられてからすぐに、石の滑り具合と速さを目で確認し判断する難易度の高いアイスリーディングだ。

上の図を見ていただきたい。スイーパーはハウス前のフォグラインからハウスの一番後方を1~10に区切り、石が止まる場所を数字でハウスにいるスキップへ伝える。スキップはそのウエイトジャッジを参考にしてスイーパーに掃くのか掃かないのかの指示をする。例えば、6の位置まで石を運びたいときに、スイーパーのウエイトジャッジが「4」ならば、スイーパーに掃いて石の距離を伸ばすように指示するといった具合だ。もしこのウエイトジャッジの誤差が大きければ思い通りの場所へ石を運ぶことは難しくなるし、ジャッジに時間がかかればスキップの判断も遅れてしまう。

口で説明するのは簡単だが、瞬時に正確なウエイトジャッジを下すことはトップ選手でも難しい。ちなみに、僕がウエイトジャッジの重要性を実感したのは、2016年の日本選手権でロコ・ソラーレのセカンド鈴木夕湖選手のプレーを見てから。対戦相手がウエイトジャッジに苦戦する中で、ロコ・ソラーレの石は彼女が伝えた数字の位置でほぼビタッと止まるのを見て驚かされた。スイーパーというと、どうしても石の前を掃くスイーピングの力強さに注目されがちだが、氷を読みにおいてもプロフェッショナルなポジションなのだ。

カーリングの選手たちには小型のマイクがついていて、テレビで観戦している人にも話している声が聞こえるようにもなっている。もちろん、それはアイスリーディングだけに留まらないが、コミュニケーションの内容やスイーパーのウエイトジャッジにも注目して耳を傾けてみよう。今まで気づかなかった新たな発見があるかもしれない。

(「ようこそ カーリングの世界へ」土手克幸 )