長嶋一茂といえば、言わずと知れた「ミスタープロ野球」長嶋茂雄の長男であり、ヤクルト、巨人でプレーした元プロ野球選手だ。現在はスポーツキャスターを手始めに俳優、タレントとマルチな才能を発揮している。

最近その長嶋一茂が二世タレントらしい鷹揚な振る舞い? で人気を博しプチブレイク中なんだとか。たしかに情報番組やバラエティ番組で目にする機会は多い。平成生まれの世代の中には、元ライトフライ級世界王者である具志堅用高のことをベテランのお笑い芸人だと思っている向きもいるらしいが、ひょっとしたら長嶋一茂のこともタレントだと思っているかもしれない。

長嶋一茂は1966年1月26日生まれの53歳で「昭和40年会のメンバー」。山本昌、古田敦也、小宮山悟と同学年だが、ユニフォームを着ていたのは88年~96年までの9年間。しかもレギュラーではなかったし、丸一年マイナーリーグに野球留学したりしていて、現役時代の〝勇姿〟を見たというファンは多くないだろう。

私自身、ロッテの本拠地、川崎球場をホームグラウンドとしていたのでヤクルト戦を見ることなど滅多になく、現役時代の長嶋一茂を実際に球場で見た記憶は2回しかない。最初は1989年3月18日、川崎球場でのロッテ対ヤクルトのオープン戦。手元に半券が残っていた。ただこの半券、このシーズン川崎球場で行われるオープン戦の全試合日程がプリントされた汎用券で日付印も捺されていない。4月1日にもヤクルト戦が行われているため、新聞の縮刷版を繰って確認したところ、記憶していたゲームの内容から3月18日と特定できた。

1989年3月18日 川崎球場
ヤクルト 003000000-3
ロッテ  00103120X-7
[勝]牛島 
[敗]中本
[本]佐藤健(中本)

川崎球場のオープン戦は通常のシーズンシートを含め内野席の全てが自由席となるため、一塁ベンチ上のかなり良いポジションに陣取った。対面には6番サードでスタメン出場した長嶋一茂が腰高な構えで三塁守備をしていたのを覚えている。打撃の方は全く記憶にないのだが、プロ2年目の長嶋一茂はこの試合、なんと4打数2安打1打点と結果を出していた。その後のオープン戦も好調をキープしたようで、4月8日の巨人との開幕戦は8番サードでスタメン出場を勝ち取っている。

2度目の生・一茂は1996年5月16日、横浜スタジアムでの横浜対巨人戦。半券に記されている通りいただいたシーズンシートで、場所は一塁側ベンチ上。またしてもサードを守る長嶋一茂が良く見える席だった。半券的には左下のホッシーがややしつこい気もするが、80年代の大洋時代から受け継がれるソツなくセンスのあるデザインだ。

1996年5月16日 横浜スタジアム
巨人 0000201011ー5
横浜 0030100000ー4
[勝]小原沢 2勝3敗
[S]マリオ 4S
[敗]佐々木 2勝1敗4S
[本]吉原1号(野村)、マック6号(野村)、落合6号(佐々木)、野村2号(河原)、鈴木3号(河原)

このシーズンの巨人のサードはルーキー仁志敏久が守っていたのだが、この日はどういうわけか長嶋一茂が7番でスタメン出場しており、球場に着くなりスコアボードを見て、ナゼだと思った記憶がある。

この試合は、横浜先発・野村弘樹の先制2号(!)ホームランに始まり、最終回1点差の土壇場で大魔神・佐々木主浩から落合博満が同点ホームランをかっ飛ばし、10回にも佐々木が崩れで横浜が勝ち越しを許すと、当時、売り出し中だった新外国人・マリオが締めるという、なかなか見ごたえのある試合で、3打数0安打1三振といいところなく途中交代した長嶋一茂の印象は残っていない。なんとなく覚えているのは対面のため良く見えた、腰高な構えのサード守備くらい(笑)。

どういうわけだか長嶋一茂は打撃より守備のシーンが記憶に残っている。改めてあの大柄でダイナミックで危なっかしい守備は、なかなか見応えがあったなと思う。

(「プロ野球半券ノスタルジア」石川哲也 )