1998年9月7日、シェイスタジアムで行われたニューヨーク・メッツ対アトランタ・ブレーブスのチケット半券。スタジアムで購入した当日券で、サイズは日本のものよりも小さく、チームロゴ入りの台紙に必要事項が印字されている。観戦記念というよりは実用性を重視したタイプで、90年代後半のメジャーリーグのチケットはどこもこんな感じだった。

この日はこのシーズンからメッツでプレーしている吉井理人が先発するということで、奮発して高い席にした記憶があるのだが、それでも「FIELD」席は$21。当時、円安が進行していて1ドル130円くらいだったが、近年高騰しているメジャーリーグのチケット価格を考えると実にリーズナブルで、時の流れを感じさせられる。

この試合の前日に3塁側2階席から撮影したシェイスタジアム


メッツの9番には「21P」と吉井の背番号とポジションが表示されている

Atlanta Braves   000205000
New York Mets 03102002 × 

WP: Greg McMichael (3−4)
LP: John Rocker (1−2)
SV: John Franco (33)

先発はメッツが吉井、ブレーブスはメジャー初登板のブルース・チェン。当時、チェンの存在は知らず、名前からして台湾の選手かな? などと思っていたのだが、後にパナマと中国の2カ国でWBCに出場することになるパナマ系中国人選手で、アジア系同士による先発となった。

吉井が先発ということで、席の隣は日本人、後ろからは関西弁が聞こえてくるなど、観客席は日本人で賑わっていたのだが、試合が始まってしばらくして少し前の席のガタイの良い日本人が立ち上がり「フレー、フレー、ヨシイ!」とやり始めた。チラッとこちらに振り返ったときに見ると、なんと松岡修造さんだった! そして、お隣にいたのは奥様の田口恵美子さん、さらに伊達公子さん、TBSの椎野茂アナウンサーも一緒だった。シェイスタジアムのお隣、USTAナショナル・テニス・センターではUSオープンの真っ最中で、吉井が先発するということで放送の合間を縫って応援に来ていたのだろう。

ずいぶん派手に「フレー、フレー」とやっていたので、周りにいる日本人がその存在に気付くのは、時間の問題。快く写真撮影に応じたりするものだから、「FIELD」席の一角はちょっとした騒ぎになり、何事かと駆け付けた警備員まで松岡さんと握手していた。

吉井は日本時代を彷彿させる、ちぎっては投げの投球で、ガララーガやチッパー、アンドリューのWジョーンズなど強打者が並ぶブレーブス打線を3回までに1安打、2奪三振と好投。一方、マイナーから上がりたてのチェンは初回を抑えたが、2回以降メッツ打線につかまり失点を重ねた。

すると4回表、ブレーブスの攻撃前、雨が降り出しゲームが中断。かなり本降りになり、観客は屋根のある場所へ避難した。

実はこの日、マグワイヤがメジャーシーズン最多タイの61号ホームランを打っており、中断中、スタジアムのスクリーンにはソーサとの直接対決となったカージナルスとカブスの試合が映し出された。雷も鳴りはじめ、このまま中止になるかとも思われたが、1時間半ほどするとウソのように雨がやみ、試合が再開された。

しかし、中断が長かったからだろうか。試合再開後のマウンドに吉井はおらず、客席の松岡さん一行もいなかった。

試合はその後、吉井の後続が打ち込まれ、メッツが6対7と逆転を許したが、8回二死からランナーが出て、後に巨人でプレーすることになる、アルフォンゾがツーランを放ち8対7で勝利。スコア的にはなかなか見応えのある試合ではあったが、好投していた吉井が降りて、松岡さんもいなくなり、なんとなく試合後半は気が抜けたように観戦したのを覚えている。

今やメジャーリーグもチケットレスが主流。スマートフォンに表示したバーコードやQRコードが「入場券」になり、今後、メジャーリーグの半券が手元に残ることはないだろう。「吉井を見に行ったら、松岡修造がいてさ〜」みたいな野球無駄話のきっかけが減るのはちょっと寂しい。

(「プロ野球半券ノスタルジア」石川哲也 )