前回の記事までに、緊張してしまうのは意識の向け方が原因となっていることを紹介し、過剰な緊張感や不安感への対応についても述べてきました。しかし、この緊張感や不安感がないということも、試合においては決して良い状態ではありません。良いパフォーマンスをするためには、緊張感や不安感は不可欠なのです。

図1を見てください。これは、「緊張や不安の強さ」が運動の「パフォーマンス」の良し悪しとどう関係しているのかを示したグラフです。緊張や不安が低すぎても高すぎてもパフォーマンスは低くなってしまうのですが、緊張や不安が程よくあれば高いパフォーマンスを発揮することができることを表しています。

このUの字を逆にしたグラフの形から、〝逆U字理論〟と呼ばれています。

緊張感が高すぎるとパフォーマンスが落ちてしまうのは想像できるかと思います。前回までに説明した、過剰に意識を向けたり注意が散漫になっているような緊張は、このグラフでいえば右のほうに心理状態があると考えてください。この高くなっている緊張感をグラフの中央付近にあたる、程よい緊張感へと下げることで、パフォーマンスを上げることができるのです。

一方、緊張や不安が低すぎる場合にも、パフォーマンスが下がっていることをグラフでは示しています。例えば気分が乗らなかったり、勝てないからと諦めていたりすると緊張感や不安感は低いでしょう。または、元々緊張しないという選手もいるかもしれません。しかし最適な緊張感や不安感を持つことにより、グラフ中央の高いパフォーマンスへと発揮させることができるのです。

また、適度な緊張感や不安感が高いパフォーマンスを発揮させるとはいえ、その程度は選手それぞれで、一律なものではありません。

ある選手にとっては緊張感が高い方が実力を発揮しやすい場合があり、またある選手にとっては緊張感が低くリラックスした状態で臨んだ方が発揮される場合もあるのです。これを〝IZOF(Individual Zone of Optimal Functioning)理論〟と言います。「最適に機能する個々のゾーン」があるということです。

例えば図1グラフの中央が〝平均的〟な「最適緊張度合」であるとしたら、それよりももっと緊張度合の高い方がパフォーマンスが上がる人もいます。そういった人のグラフは、図1の逆U字の形がそのまま右にスライドしていることになります。また平均よりも緊張度合の低い方がパフォーマンスが上がる人であれば、逆U字の形がそのまま左にスライドしていることになります。

緊張や不安の感じ方は、選手それぞれによって違います。緊張感があった方がやる気が出たり、状況をコントロールできると確信しているような選手であれば、必要以上に緊張感を下げようと努める必要はないのです。またはやる気がないように感じる選手であっても、実は緊張している場合があり、その場合は他者が変にハッパをかけてテンションを上げる必要もないのです。

コーチは試合前にすべての選手にリラックスをするよう指示するのではなく、選手それぞれの特性を見抜いて最適な緊張度へと導いてあげることが必要なのです。

またIZOF理論は、競技の違いによっても表すことができます。例えば重量挙げや陸上の投てき種目のような瞬発的な力を必要とするような競技であれば、図1の逆U字型はやや右側にスライドされ、高い緊張感があった方がパフォーマンスは発揮されます。一方ゴルフやアーチェリーなど繊細な技術が必要な競技であれば、逆U字型はやや左側にスライドされ、緊張度は低いほうがパフォーマンスは発揮されます。

自分が行っている競技が、どの程度の緊張度を持って行えば最適なのかを把握しておくといいでしょう。

※『note』より加筆・修正。

(「パフォーマンスを上げるためのスポーツ心理学」松山林太郎 )