「やったよ、お前! 漢(おとこ)だ!」

駒大・大八木弘明監督の檄が響いたのは10区も残り1㎞を切ろうとしているときだった。その言葉を受けると石川はさらにペースを上げて、笑顔で大手町のゴールに一番で飛び込んだ。実に13年ぶりとなる総合優勝となった。

総合優勝から遠ざかっただけではなく、3年前の箱根駅伝では12位でシード落ちを経験している。優勝から離れたこの期間、大八木監督は悩み、模索し続けた。

練習の仕方はこれでいいのだろうか。選手との関わり方はこれでいいのか。自身の考え方が古いのではないか。変えなくてはいけない部分はどこだろうか。そんな自問自答を繰り返した。

選手に変革を求めるだけではなく、まずは監督自身が変わること。本気の姿を見せること。その一つが、朝練習だ。

年齢を重ねて体力が落ちたことを言い訳にして、朝練習に自転車でついていくことをしなくなっていたという。しかし、2020年4月からは再び自転車で朝練習についていくようになった。このことを「まだ監督が本気になって見てくれると感じてくれました。私も本気で見ていると伝わったから、みんなが話しかけてくれるようになった」と大八木監督は振り返る。

そんな監督の〝本気〟を見て、4年生もチーム作りに大きな役割を果たした。「新入生に力があるとわかっていたので、できるだけ下級生に過ごしやすい環境を作って、戦力になってもらおうと4年生で話し合った」と主将を務めた神戸。時には今まで部内に存在していたルールを変えながらチームをまとめてきた。

そんな監督や4年生の〝本気〟が下級生に伝播する。

今回4年生で唯一出場した小林歩が区間3位の力走で2位に浮上。そして、1年の鈴木芽吹が山上りを担う。前回大会で区間賞を獲得した宮下隼人(東洋大)が鈴木を抜かそうとするも、鈴木は懸命に宮下と13㎞過ぎまで並走する粘りを見せた。

往路を3位で終え、2位の東洋大と7秒差で復路をスタートした6区の花崎悠紀(3年)。スタートすると2.8㎞地点で東洋大を抜き去り、今回唯一の57分台の記録で区間賞を獲得する。

しかし、2位に浮上しても、トップを走る創価大の姿は見えない。

アンカーの石川拓慎(3年)にタスキが渡ったのは先頭を行く創価大が鶴見中継所を飛び出してから3分19秒のこと。大八木監督も総合優勝のことには触れず、石川に「自分のペースでいくように」と言って送り出している。大八木監督、石川がともに優勝にスイッチを切り替えたのは15kmを過ぎた段階だった。普段と違い、15kmを過ぎても身体が動いており、「ちょっと可能性があるかも」と思ったと石川は言う。大八木監督も優勝と区間賞を狙おうとここで初めて声をかけた。

懸命に前を追い続け、20km地点の声掛けで「漢だろ!」と大八木監督から声をかけられたことで「スイッチが入りました」と石川。残り2kmを切ったところで初めて首位に立った。

監督の想いが4年生に。4年生の想いが下級生に。全員の強い想いが〝執念〟となり、総合優勝を手にした。

以前「強い駒澤大学」と言われていたころは大八木監督一人でほぼチームの運営をしていたという。「マネージャーとかスタッフに助けてもらってやれたことが今回の優勝」と大八木監督。神戸も「仲のいい、良いチームができたことが勝因」と振り返る。

大八木監督は記者会見の中で何度も「子どもたち」と口にした。選手として接することはもちろん、一人ひとりをわが子のように育て、見守り続けてきたのだろう。令和の時代にそぐわないと言われそうな「漢だろ!」の檄で選手に気合が入るのも、日頃の濃密なコミュニケーションがあるからだ。

苦悩の日々を経て、栄冠を手にした。来年度、三冠達成をするために大八木監督はどんなチーム作りをしていくのだろうか。

(「学生陸上スポットライト」野田しほり)